追悼 ジョー・ストラマー

ジョー・ストラマーが死んだ。
俺がそれを知ったのは、12月25日の朝日新聞の死亡記事だった。
できることなら、車の中で偶然つけた深夜ラジオのかすれ声のディスクジョッキーとか、
親友のタムラからのいつになく深刻そうな電話とか、そういう奴達に知らせてほしかったよ。
なにせジョーが死んでから3日も経っちまってたんだ。
俺がそれを知ったのは、12月25日の朝日新聞の死亡記事だった。
朝食を食ってた俺は、静かな朝に不似合いなとてつもなく大きな声で
ジョーが死んじまった!」
と叫んだ。
それを見た親父は、「ジョーって誰だ?」と俺に怪訝そうにたずねた。
俺は親父の目を見て、「ジョーが死んじまった・・・」と、うわ言のように何度も何度も繰り返しツブヤいた。

思えば高校時代の俺のベスト・バンドはクラッシュだったような気がする。
皮ジャンに細身のパンツでキメたジョー・ストラマーはめちゃくちゃかっこよかったんだ。
残念ながらすでに解散していたから後追いではあったけど、
俺がはじめて買ったCDは「ロンドン・コーリング」だ。ギターを叩きつけているジャケットからは、”反体制”の香りが鼻腔の奥まで突き刺さってきたし、
なによりも一枚のCDにたくさん曲がはいっていることが貧乏高校生には魅力だった。
そのうちどっかの誰かに貸して返ってこなくなっちまい、後で買い直した。同じパターンで買い直したのはニルバーナのネバーマインドだったりする。

最近のジョーはちょっとデブっちまって、”いいオヤジ”になっちまってたけど、
ジョーはずっとクラッシュをやりたがっていたような気がする。インタビューでは再結成話を振られる度に、「ガソリンがなくなっちまったんだよ」なんて悲しげに否定してたけどね・・・。
最近はミックと30年ぶりに共演したり、ロックの殿堂入りがきまったり、いよいよクラッシュ再結集か?なんて噂がちらほら出始めたら、
あっけなく逝っちまった。
クラッシュの再結成なんて本当は見たくなかったけどね・・・。
だって”ハマースミス宮殿の白人”はこれからも永遠に俺のフェイバリットソングであり続けるだろうし、
楽器を銃のように構えた3人の男の立ち姿は二度とかえってこないから・・・。

ジョーが死んでから、いろんなところでクラッシュナンバーを耳にする機会が増えた。
LONDON'S BURNING,WHITE RIOT,I FOUGHT THE LAW・・・・。追悼の意で流しているのだろう。
ジョーのシャウトをきいても不思議となんにも感じなかったけど、ある時、ミックが歌うSTAY FREEがきこえてきた時、俺は不覚にも泣きそうになっちまった。
あっけなくくたばっちまったジョー、いつまでも、STAY FREE。

CK