ハナミズ

俺はガキの頃から鼻炎だ。
物心ついた時から鼻がつまっている。いつだってすっきりしないんだ。
だからバーズに美しいハーモニーで「すっきりしたぜ」なんて歌われると、本当に心がかきむしられてしまう。俺もすっきりしたいぜ。
小学校5年生の時に意を決して耳鼻科に行った。
治療はこの世のものとは思えないくらいとんでもなく痛かった。
鼻の穴に色んなモノをたくさん突っ込まれた。(ちょっとヤラシイな。変な趣味の人が検索してこないように・・・)
俺は人目をはばからず叫び声をあげ、そして、泣いた。大泣きだ。かわいい女の子も見てるってのに・・・。
医者は、「アレルギー性鼻炎ですね。しばらく通ってください」とあっさりと言った。
治療の最後に、鼻にチューブをつっこんでエアー(薬?)を入れるのだが、
鼻炎患者が3人ぐらいで鼻の穴にチューブを突っ込んで座ってるその姿は本当にマヌケで、
鼻炎という呪われた十字架を背負った悲壮感をますます増長させた。
その日から、雨の日も風の日も遠足の日も運動会の日も耳鼻科に通い続けた。
医者が「はい、もう来なくていいですよ」って言う日まで。
でも医者はなかなか治ったよって言ってくれない。
それでも俺は、耳鼻科に通い続けた。近所に耳鼻科がなくて、電車で1時間かけてその耳鼻科まで通っていた。
待合室はいつもめちゃくちゃ混んでいて、最低1時間は待たされ続けた。
待合室のテレビではなぜかいつも相撲中継がかかっていて、相撲の知識だけはやたらと増えていった。
1年間たったある日、医者におそるおそる聞いてみた。「1年間通ったんですけど、治らないんでしょうか?」
医者はあっさりと、「え?この病気は治んないんだよ。もしかすると一生治んないかも。ダハハハハ」と笑った。イジワル看護婦も笑った。
俺は鼻に突っ込んであったチューブを引き抜くと、その日は治療代を払わずに病院を飛び出した。
走った。その光景はまるで映画「大人はわかってくれない」のラストシーンのようだった。走った。海へ。そして泣いた。大泣きだ。
その日から俺とハナミズとのつきあいがはじまった。
今まではハナミズを排除することばかり考えていた。これからは、ハナミズといかにうまく共存共栄していくかだ。
俺はハナミズの存在はなるべく考えないようにして、その後の人生を過ごした。
初めて女の子に告白した時も、大事な受験の時も、ワインのテイスティングの時も、いつだってハナミズは俺の足をひっぱっりにやってきたけれど、
俺はハナミズの卑劣な行為はなるべく無視することにして、その後の人生をやりすごしてきた。
我慢しすぎて胃を壊していた。泣きたい夜もたくさんあった。でも泣いたら負けだ。泣いたらハナミズの思うつぼだと耐え忍んだ。−つづく−