時計についてのエッセー#1

俺は、古めかしい列車の1番前の車両の1番前に陣取った。
子供の時からの特等席。
なぜなら、ここからは前方の景色と運転手の運転操作を見ることができるからだ。
ふと、気付いた。運転席の前のスピードメーターなどがあるパネルに丸い穴があいている。
こいつは、懐中時計をいれる穴だ。
今は懐中時計なんて持っている運転手はいなくなっちまって、穴だけがぽっかりと残っているってわけだ。
かつては懐中時計に憧れたものだ。懐からスっと取り出して、ふたをパカっと開き、サっと時間を確認し、また懐に戻す。この一連のアクションにシビれる。
"女が料理をしていて、鍋のフタが予想以上に熱くて指をさっと耳たぶにもっていって冷やすしぐさ"に似た動作のセクシーさが、そこにはある。
祖父の形見の懐中時計。金ピカ色した懐中時計。少しハゲて使い込んだ味が出てる懐中時計。俺はそんなイカした懐中時計が欲しかったんだ。
ピストルで撃たれた!だが、弾は胸の懐中時計にあたって砕け散る。こいつが俺の命を救いやがった!
なんて光景をいつも夢みていたんだよ。いつか絶対に懐中時計を手にいれてやる!なんて思ってたのさ・・・。
時は流れた。
俺は懐中時計が欲しかったことなんかすっかり忘れて、ロレックスやオメガを手に入れることにうつつをぬかしてた。
理由はモテそうだから。バンドをちょっとゆるめに調節してもらい、アクセサリーのようにハメるのがロレックスの正しいハメ方だ。そして飲み屋でこれみよがしにジャラジャラいわせるのさ。
しかし最近は、本当に俺にロレックスやオメガが必要なのか・・・って考えるんだ。
探検家や宇宙飛行士が持っていったといわれるロレックスやオメガ。
ごく普通に生活をしている俺に、そんなヘヴィー・デューティ−な時計なんて必要無い。
そう、そんな時計に見合うだけの生活を俺はしていない。時計が俺の左腕で咽び泣いているのさ。
ダンディズムを語る上で時計に金をかけないでどうする」なんて思ってきたけれど、
普通にメシ食ってクソして寝るだけの生活のくせに、ヘヴィーな使用に耐えられる時計をハメてるって事は、とてもかっこ悪い事なんじゃないかって、最近そう思う。
だから最近は、時計を持つのをヤめた。
胸ポケットから携帯電話を取り出して、時間を確認。これでいいんだ。
ん?このムーブはなんかに似てる。そう、懐中時計だ!
ああ、どこぞのメーカーで懐中時計型の携帯電話を出してくれはしないだろうか。
僕は誰よりも先に買いに走って、長いクサリを携帯につけるよ。
そして携帯が命を救ってくれるような、そんなハード・ノック・ライフを送るとしよう。