ケムリガクビシメル・改

−ケムリガクビシメル・改−
朝7:30の"ジュディのコーヒーショップ"のカウンター。
俺の朝はここのベコーンエッグ&マッシュポテトと一服のタバコからスタートする。
最近はどこのレストランも全席禁煙が当たり前。この辺で大手を振って堂々とタバコが吸えるのはとうとうこの店だけになっちまった。
もっともこの店の場合、女手一つで店を切り盛りしてるジュディのヤツが一番のヘヴィースモーカーだってんだから、
この店が禁煙なんてバカな真似はするはずがねぇってわけだ。ここは愛煙家の最後の砦だ。
しかしここに来る連中は、本当に美味そうに一服一服を噛みしめるように"タバコを吸う"って行為にひたっていやがる。これが"労働者の朝"ってやつよ。
「火を貸してくれませんか」
突然、女に話しかけられた。たまにここで見かける抜群にキレイなブロンドの女だ。キレイなブロンド女は目立つ。
「俺、マッチなんだが、構わねぇか?」
「ええ、知ってるわ。だからあなたに頼んだのよ」
俺は女のキッパリした受け答えにちょっとだけとまどいながら、
長年着古したスエードのジャケットのポケットからダイナー「デニーローズ」のブック・マッチを取り出し、
いつものように片手でこすって点火して、女がくわえたタバコの先に火をつけてやった。
女はタバコを深く吸い込むと、ゆっくり目をつむって静かに煙を吐き出した。
指に挟んだタバコについた赤いルージュの唇跡と指先で鈍く光るマニキュアとのコントラストが、
俺の視覚神経に激しく揺さぶりをかけた。
「あんたもマッチ派かい?」
「ええ」
その日を境に女は毎日、俺に火を借りにきた。
カウンターがいっぱいでテーブル席に座っている時も、わざわざ俺のテーブルの方まで火を借りにやってきた。
仕事は何してるとか、ダンナがいるとかいないとか、そんなちょっとした会話をしてもいいなと思ったけれど、お互い言葉を交わすことはけっしてなかった。
だけど俺は喜んで火を貸してやった。
ジャケットのポケットからブックマッチを取り出し、片手でこすって点火して、女のタバコに火をつける。ただ、それだけさ。それ以上でも以下でもない。
だが、まるでそれが朝の恒例の儀式のようになった。俺の密かな楽しみでもあった。
ある日、女の姿が見えなくなった。次の日もだ。
おかしいな、どうしたってんだろう?最近、夜が冷えるんで風邪でもひいちまったんだろうか?
「おい、ジュディ、最近あのブロンドの女はこないのかい?」
「誰のことだい?うちにはブロンドの客なんてめったにこないからねぇ」
「毎朝来てる、美人のあの女だよ。あんな目立つ女を覚えてないなんて、もうボケちまったのかい?ところで、いつものタバコをくれよ」
「ああ、あのフランスのタバコね。あれはアンタしか吸ってなかったけどね、つい最近、製造中止になったんだよ。こないだ買ったのが最後の1ハコだよ」
「え?」俺はさっきポケットの中でクシャクシャに丸めたタバコのパッケージを広げてみた。
よくよく眺めたことはなかったが、確かそのタバコのパッケージにはブロンドの女がダンスをしているモチーフが描かれているはずだ。
が、驚いたことにそこには、まるでマッチのケムリに巻かれながら女が溶けてなくなっていく姿が描かれていた。

俺は代わりにラッキーストライクを買って、ハーレー・ダビッドソンにまたがって仕事に出掛けた。