夜の蝶採集

久しぶりの出張。
地下鉄に乗っていると、蝶ネクタイをしたオジさんが乗ってきた。
ビジネススーツの集団にまじった蝶ネクタイ男。・・・間抜けだ。
蝶ネクタイってどうしてあんなに”気恥ずかしい存在”なんだろうか。
まるで、女性ものの下着を頭に被る感覚に似てる。、ディズニーランドでミッキーの帽子を被っちゃう感覚に似てる。
思いおこせば、俺がはじめて蝶ネクタイをつけたのは、大学生の頃だ。
京都のクラブでバイトをした時に、「今日からこれつけてね」とママがそっとボクの右手に手を重ね、何かを握らせた。
手の中にいたのは、黒いバタフライ。こ、こ、こ、これが噂の蝶ネクタイか・・・。
小一時間程がんばったけれど、興奮と緊張とあせりで自分じゃどうしても装着できない。ママに頼んでつけてもらった。
まるで、女性ものの下着を頭に被せてもらっているようで、学ランの詰襟のホックをお母さんに留めてもらっているようで、恥ずかしかったっけ。
恐る恐る鏡に映る自分を覗き込むと、場末のスタンダップ・コメディアンがそこにいた。とりあえず中腰で手を叩きながら「はいどうもー」と小走りで言ってみる。
最初はそんな蝶をつけるのが本当に本当に嫌でたまらなかったけど、いつの間にか慣れてしまった。やがて、「無いと落ち着かない存在」にまで蝶は発展していた。
ホステスさんに頼まれた聞いた事も無い洋モノ・タバコを求めて、観光客がごった返す京都祇園の街を、蝶ネクタイ姿で平気でさまよい歩いたっけ。
やがてバイトを卒業する時がきて、ボクは後任の若手に大切なバタフライを引き継いだ。
「さよなら、ボクのバタフライ」そう心に念じながら、照れる若手の首にそっと蝶をつけてあげた。
ニッコリ笑って笑顔をつくる。今も、心に蝶ネクタイ。