ちょうの

庭を、デカい芋虫が一匹、ずむずむと這い歩いているのを息子達が発見してしまった。

息子達は、ワーワーとやかましく騒ぎ立て、棒で突っついては、のたうち回る芋虫の姿を見て笑っている。

なんだかたまらなくなった僕は、息子達から芋虫を取り上げ、大きな木の陰に避難させてあげた。芋虫は、むずむずと木の幹を登り出し、じきに見えなくなった。

 

ある日の事、いつものように上司と場末のキャバクラで飲んでいると、

「新人の蝶野さんで〜す」とボーイが新しい女の子を紹介した。そこには、店内の客全員がチラチラと視線を送ってくるくらい、場末のキャバには不釣合いな恐ろしく綺麗な女性が凛と立っていた。

そんな麗しき蝶野さんが、登場時からあからさまに僕だけの方を見て、その視線を外さずにニッコリと微笑むと、もはや座るスペースの無い僕の隣に、大きな尻をすりつけて割り込むように腰をかけた。衣服越しに彼女のお尻の柔らかい感触が伝わってくる。そして、僕の膝上やや股間寄りの位置にそっと手を置いた。ズボン越しに手の温もりが伝わってくる。その一連の行動に少し驚いて蝶野さんの方を見ると、小さな少し高い声で「私の事、覚えてますか?」と囁くように言った。酔った頭で思考回路をフル回転させ、取引先の受付嬢や学生時代の同級生といった「こういう場でいかにも出くわしそうな女性ファイル」を大急ぎでめくる。が、思い出せない。

「忘れちゃいましたか?」

「えっと・・・ゴメンね」

「いいんです。私、あの時の幼虫です」

「へ?」

「あの時、あなたに助けていただいた幼虫です。こうして無事に蝶になりました」

「ええ!?」

「フフフ、驚いちゃいますよね」

「えええ!?」

「シーっ。そんなに驚かないで。あなたに、あの時のお礼がしたくって」

 「はあ」

「何でも、あなたの望みを叶えます。言ってみてください」

「・・・えっと、お金かな」

「あ、そういうの無理です。アラジンの魔法のランプみたいなやつは、無理なんです」

「え?じゃあ・・・、この店の一番高い酒?」

「あ、そういうのもNGなんです」

「え?じゃあ・・・特に無いかな」

「え?・・・あの、私って、魅力無いですか?」

「はい?」

「私、あなたに抱いてほしくって、ここに来たんです」

「え?だって、あんた、チョウチョなんでしょ?チョウチョ抱けないよ〜」

「!」

「なんで先に言っちゃうかな〜。全部終わった後に言ってよ〜。ま、服脱がせて、これからって時に言われるよりはいいんだけどさ〜」

「!」

「でしょ。なんで言っちゃったの?」

「・・・つい、嬉しくて。スミマセン」

「もう、「望み叶える」とか言っちゃって、チョウチョのくせになんか自信満々なんだもん。引いたわ〜」

「・・・スミマセン」

「しかも、夜の蝶になって恩返しにくるなんて、どんだけベタな展開なんだよ〜。これ書いた脚本家、誰だよ〜?」

「・・・」

黙りこくった彼女は、小さく小さく小さくなって、やがて僕の手の中におさまる綺麗な色の蝶ネクタイに姿を変えた。

蝶ネクタイか・・・。色々考えて、キャバクラのボーイが片膝を着いた時に、襟元にそっとつけてあげた。これで毎日、会えるね、と。

 

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