夏の思い出

この坂道を登り切った時にキスしよう。

そう心に決めていた。

エビのようにのっぴいて

イヤと言って

なんで?って顔をした。

ゴメンって言った。

話さなくなった。

死にたくなった。

このぐらいで死ぬとか考えるなよ。背中のひいじいちゃんがそう言った。

歩き続けた。

「誰にも教えていない秘密の店」に連れて行ってくれた。

死ななくてよかったな。背中のひいじいちゃんが囁いた。

流れていた曲、ビル・エバンスと言った。

甘さがぎゅっと凝縮された黒い小さなケーキが小さなお皿に乗って出てきた。

ウマイ!と言った。

ようやく微笑んだ。

店を出た。

暗くなっていた。

手を繋いでみた。

ぎゅっと握り返してくれた。

手にたくさん汗をかいた。

ゴメンね  と、手を離した。

謝ってばかり  と、笑った。

バスのステップを上がっていった。

ピーといびつな音を立て、ドアが不器用に閉まった。

大きく手を振った。

窓越しに小さく手を振り返した。

行ってしまった。

 まだ帰りたくなかった。

レコード屋に立ち寄って、ジャズの棚を見た。

ビル・エバンスとギル・エバンスがいた。

ビルだったような気もするし、ギルだったような気もする。

やっぱりギルだったような気もするし、やっぱりビルだったような気もする。

 迷ってどちらも買わずに、「至上の愛」というタイトルのレコードを買った。

至上の愛とはなんぞや

それはね、甘さがぎゅっと凝縮された黒くて小さなケーキだよ。

 家に帰って聴いた。

さっぱりわからなかった。

至上の愛って

いったいなんだ?