映画「パターソン」を観に行く

知り合いに久しぶりにメールを入れる。

「パターソンどう?東京じゃヒットしてるのかい?」

「評判はいいんですけど、洋画の独立系の興行は厳しいですよ」

「なんだよ、客入ってないのかよ。じゃあ、後に控えるギミー・デンジャーはもっと厳しいな。まったくクソみたいな時代になっちまったよなあ」

(返信無し。やりとり強制終了)

 

ジム・ジャームッシュ監督を応援したるという想いで、東京出張中に無理矢理時間を作って、パターソンを観に行く。到着した劇場のチケット売り場、結構列ができてる。ん?ヒットしてるじゃないかよ。しかし、やけに老人が多いな。

「あー。パターソン一枚」

「割引き券などはございますか?」

「(俺はジャームッシュの為にここに来てるんだ。割引き券なんかあっても絶対に使わないってんだよ)ありません(笑顔)」

「今日はちょっと混み合っています」

(「今日は」だと?)

「席を選んで下さい」

(うわ、ほとんど埋まってんじゃんよ。辛気臭いジジィとババァに囲まれて観るのは、勘弁だぜ〜)

前方左端にポツンと離れてある1人席を選ぶ。足は伸ばせるんだけど、なんだ、この横からスクリーンを覗き見してる斜視感は。こんな見づらい席で映画みるのは久しぶりだな。ああ、できればシネコンの快適な座席で、ジャームッシュ監督みたいな素晴らしい監督の作品がみたいってんだよ。なんとかしたい。なんとかならんのか。

 

※ こっから恒例のネタバレタイムだぜ ※

 

主人公は、パターソン市に住むパターソン氏。板橋区の板橋さんみたいなものか。パターソン氏は、ポエムとカミさん(彼女?)をこよなく愛する平凡なバスの運転手。映画が描くのは、その平凡なバスの運転手の一週間の出来事。毎日続く地味で、たいしてかわり映えのない生活。主人公は色んな人達に囲まれながら、趣味の詩の創作を心の支えにしている。平凡な日常を、ポエムを創作する事で、美しい自分色に色づけしていく。

いや〜、めちゃめちゃグッときたよ。なぜかって?俺自身が、ブログをセコセコ書くことで平凡な日常を自分色に色づけしているただのサラリーマンだからだよ。この映画、俺の毎日そのものなんだもんよお。

俺との違いは、主人公には子供がいない事。けど、ブルドッグがいる(笑)。またこのワン公が、いい演技するんだな。監督、またいい役者見つけたな。

ラストは平凡なパターソン氏の身に起きた大事件に、ちょっとだけ救いの手を差しのべるような、そんな素敵な終わり方で、観終わった後にしばらく席を立てなくなっちまった。

まるで、ダウン・バイ・ローロベルト・ベニーニ的な役回りで出てくる永瀬正敏!あの、a〜haって返しの違和感を楽しむ感じ、思わずニヤニヤしてしまう。ジャームッシュ節炸裂!

そそくさと帰り仕度をする老人達の人波に紛れて、僕はまた平凡な日常へと続く小さな出口に向かって歩き出した。

 

劇場を出ると、全裸のイギー・ポップが俺が出てくるのを仁王立ちで待っていて、今すぐ牛丼屋に行かないかと俺を誘った。2人でオレンジ色した牛丼屋に入りカウンターに腰をかけ、牛丼並に卵と納豆とトロロとオクラをぐちゃぐちゃに混ぜて、一気に喰らった。おい、イギー、いい加減に服着たらどうだい?イギーは牛丼屋のナプキンをちょっとだけコップの水で濡らして、下半身にたくさん貼り付けた。牛のパンツだと言って、ニッと笑って親指を立てた。外に出ると、台風の影響による強風で、牛のパンツは全てふきとばされた。イギーは、涼しくていいなと俺にウインクした。まったく、あんたの人生は平凡じゃなくて非凡だな、おい。イギーは真面目な顔で、平凡が1番なんじゃねえのと言った。そして、俺には無理だけどな!と高らかに笑って、アスファルトの上を転がって去っていった。残された俺は、牛のパンツのカケラを拾えるだけ拾ってズボンのポケットにネジこんだ。