シュリンプールの雨傘

「今日のお弁当、エビフライ入れといたよ」

朝のその一言だけで、「憂鬱な1日」の鬱が撃ち落とされ、憂に宇宙の彼方からやってきた〝にんべん゛がガシャンと接続される。「優な1日」。エビフライが好きです。だが、甘エビのフライはダメだ。あれは絶対に認めないからな。

 

カニが好きだ。たまらなく好きだ。タラバガニは正確にはヤドカリの仲間らしいってのは有名な話だが、そんなの関係無いくらい大好きだ。ガキの頃は、ズワイ系のシュッとしたカニが好きだった。今は、毛蟹だ。毛蟹一択だ。やっぱり毛蟹はいい。毛蟹を一心不乱に舐めたり吸ったりしていると、別案件での一心不乱タイム突入時の自分の姿がオーバーラップして、なぜか心地いい、でも切ない、そんな複雑な気持ちに包まれる。成長するって事。

 

かつて、一緒に食事に行くと必ず高級な寿司を奢ってくれる豪気な上司がいた。上司は、「いつも寿司でゴメンね。ウチのカミさんが生ものダメでさ。俺、寿司が1番の大好物なんだけど、こうやって外でしか食えないんだよ」と、いつも恐縮していた。我々は、「何をおっしゃいますか!いつでもお供致します!」と、「この人に一生着いていく」「お呼びがかかればいつでも行く」という気持ちでいた。きっと「いざ鎌倉」的な気持ちってこういう感覚なんだろうな〜つって、当時の同僚と熱く語り合った。

 

アレルギー検査で、長男が極度のエビ・カニ・アレルギーである事がわかった。それ以来、我が家の食卓からエビ・カニが消えた。カニは高級品なので、元々食らう機会は少なかったのだが、エビは多かった。アレルギーの厄介な所は、「本人はその味が嫌いじゃないのに食えない」という所だ。長男だけ別メニューという訳にはいかない。俺は泣く泣くエビに別れを告げた。

 

エビ「どうしたの?突然呼び出して」

俺「あなたの事、大好きだけど・・・別れましょう」

エビ「なんでだよ!あ!俺の背わた取るのが面倒なのが原因か?」

俺「それじゃない!絶対にそれが理由じゃないからね」

エビ「じゃあ、俺と別れてカニの野郎と一緒になるのか!?」

俺「違うの!カニさんともお別れなの」

エビ「なんでだよ!俺達、あんなに愛し合ったじゃないか!」

俺「そうね。私、もう、どうしたらいいかわからない」

エビ「泣くなよ」

俺「好きだけど別れましょうなんて、昭和の映画の中の世界だけかと思ってた」

エビ「・・・。」

俺「あなた人気者だから、きっとすぐにいい人見つかるわよ」

エビ「だけど、俺のシッポまで食ってくれるのは、お前だけなんだよ!」

 

あの豪気な寿司上司の事を思い出す。俺の薄給では、さすがに後輩達にカニは奢れない。かといって、エビフライではお子ちゃまみたいで物凄くカッコ悪いし、胃もたれするよな。あの時、俺達が寿司上司に対して感じた「いざ鎌倉」的気持ちには、彼らはきっとならないであろう。さらに、「エビフライ上司」という格好の嘲笑ネタとしてツイッターに書きこまれる事になる。そんな事、俺は許してもエビに申し訳が立たない。俺の愛したエビが笑われるのだけは、我慢ならないのだ。

 

俺はカニの店へと足を運んだ。

カニ「あら、いらっしゃい。久しぶりねぇ」

俺「ママ、変わってないね」

カニ「そんな事無いの。太ったのよ。でも、お世辞でも嬉しいわ」

俺「メスは太った方がいいんだよ。ママ、実はね、エビと別れたんだ」

カニ「あら。それは、エビちゃん大泣きしたんじゃないの」

俺「まあね。でね、ママ。この店に来るのも最後なんだ」

カニ「あら、残念」

俺「あっさりだね」

カニ「だって、仕方ないじゃない。決意固そうだし」

俺「うん」

カニ「ちょっと待っててね」

カニは席を外すと、甲羅に熱い日本酒を浸して戻ってきた。

カニ「最後に、私の全てを飲み干していいわよ」

俺「ママ・・・」

「あ、先輩、俺、これ飲んだ事無いんすよ〜。いいすか〜。インスタ映え〜からの〜、いただきま〜す!」

響き渡る後輩のゴクゴクという喉が鳴る音。諸行無常の響きって、きっとこういう音なんだろうなあって考えてた。